Inzaghi esclusivo Corriere dello Sport
インザーギ独占インタビュー記事がCorriere dello Sportに。

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Milano Marittima、ピッポは自転車に乗っている。ここは海岸通り。と、彼の前を灰色のAudiが急停車。ピッポも停まる、驚いたというよりその危なさで。車から40歳くらいの緑のシャツの男が出てきた。そして・・・
「ぐら~つぃえ、ピッポ! 決勝(優勝)をありがとう!」
ずっとそう。 アテネから2週間の日々がずっと。

パルテノンの下で、何か素晴らしいことが起こった。 それをよく知っているのはフィリッポ・インザーギ。
「あれから1週間、毎晩1時間ごとに目を覚ましてた。まるで、すべてが嘘だったかのように思えて。」
ピッポの人生で最も甘い悪夢。彼はそれをMilano Marittimaの太陽の下、弟Simoneを傍らに語る。彼が選ぶのは常にミラノ。夏でも冬でも、ファンタジーもほとんど無し、でも、それでいいのだ。

ピッポのストーリーは家族への賛歌、「普通であること」を謳う。
もしこのボールの世界で「普通」であることが革新的なのだったら、インザーギはカルチョの最初の革命、何故なら彼はMammone(マンマ大好き子)であり、Fratellone(兄弟好き)、そしてZione(叔父馬鹿)なのだから。
これが彼のパワー。皆がまとまり、お互いのために歓喜する。
「アテネのゴールは僕にたくさんのものをくれた。特に、僕は両親のために嬉しかったんだ。San Siroの(祝勝Festaの)ピッチで花火が上がっているとき、母が僕の傍にいて、僕を強く抱いてくれた。これ以上素敵なことは無い。」
パラソルの下で私たち(記者&インザーギ兄弟)は語り合う。ピッポはビーチ用ベッドに腰掛け、シモーネはもう一つのベッドに。時々トンマーゾ、シモーネの息子が飛び込んできては、Signora Marina、生まれ変わったゴール男と生まれ変わろうとしているゴール男のマンマのところへ駆けて行く。我々は彼女へも感謝を。「シニョーラ、あなたは前にシモーネのほうがブラボーだとおっしゃっていましたね、Novaraでプレイしていた頃。」

そのときフィリッポはアタランタでゴール王になったばかりだった。マンマは微笑み、私たちのほうを相手するでも息子たちへ向かうでもない、トンマーゾを追わなければ。部族の長、Giancarlo Inzaghi(パパ)はアルゼンチンで狩猟中。「毎日10回は電話してくる。で、僕は母を毎晩レストランへ連れて行く。」ピッポは言いながら写真を見せる。彼とシモーネ、ジャンカルロが一緒。アテネで、Coppaを手にしているもの。

Milano Marittimaの砂浜での2時間、彼はその「普通な」ストーリーを、「普通」の価値を、家族や仕事を語る。
そう、仕事。インザーギが深く愛し、そこで勝つことを愛し、そしてこれから素晴らしいページが開かれるそれ。300ゴールにたどり着こうかという今、私たちはこの「並外れた普通の青年」の前にいる。


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Milano Marittimaから、レポートはFurio Fedele(訳者注;以前ローカルTVでインザーギの復帰ゴールを見て『涙が流れちゃったよ』と言っていたミラニスタ記者)、Alberto Polverosi

青い短パンに日焼けしつつある肌。太陽とそよ吹く風がもうひとつのミラノを忘れさせてくれる。少なくとも(海も太陽もない汚れた街ミラノの)つまらなさを思うこと以外では。ヴァカンスを夢見て、しかし彼はすぐに仕事へ突入。「彼と一緒にいると、休養するってのは不可能だ。」そういうのはシモーネ、フィリッポ・インザーギの弟。

「先日僕たちは砂浜へミニサッカーをしに行ったんだ。そこにはAriattiもいた。『オー、シモーネ、とってもいい調子じゃないか。やっとコンディションがよくなったんだな。来年は15ゴール以上いけるだろう。』て。」
私たちはピッポの話をするためにここにいる、がピッポはシモーネの話をする。
「Milano Marittimaでは汗なんかかきたくないって言ってたんだけど、ところが、ビーチバレーのコートがCalcettoのピッチに変わっちゃって。もう少ししたら僕はサルデニャに行く、そこへはMilanのFisioterapistaが来るんだ。去年はシーズン前の準備をできなかった、だから今シーズンの仕事はかなり細かく進めていこうと決めているんだ。」

ガッリアーニが言っていた。「昨夏、私の召集の電話の3時間半後にはミラネッロにインザーギが姿を現していた。」 ここでは10日が過ぎた、そして彼はすでにシーズン準備へ、練習所へ、Supercoppa d’Europaへ、特にクラブ世界カップへ思いを向けている。インザーギに欠けているのはチャンピョンズ予備戦、そこで彼は必ず決める(Liberec、Stella Rossa戦)、そしてそれがファイナルの勝利へ導く。あまりの恋しさに、ジョーク苦手なインザーギJr(シモーネ)へ:「ラツィオに1ヶ月レンタルを要望しろよ、で俺たちと一緒に予備戦プレイしに来い。」

ピッポは3日前、Stella Rossaとの試合を再び観た。「あれから出発しているんだ。ミランのシーズンすべての鍵。あの勝利が無ければアテネは無かった。でも、San Siroのあの夜、僕の誕生日に70000の聴衆を前にして、僕のコンディションはよかった。ワールドカップから戻ったところだったし、気持ちは高く飛びまくっていた。そして僕たちは勝利した。」


Q:
今、この雪崩のような賞賛の嵐を前にして、ミスしたことなどは思い浮かびませんか?思い起こすのを助けさせていただけるのなら、たとえばEuropa2004を失わないために復帰を急ぎすぎてしまったこととか。結局それはうまくいかず、あれから貴方のすべてのトラブルが始まってしまった。

Inzaghi:
それはでも僕の秘密だ。僕はいつも復帰を急いでいた、これが僕の気質で、また僕のパワーでもある。もちろん、それはマイナスにもなり得る、でも僕はこんな人間なんだ。アテネでDoppiettaを決めることができたのは、まさに僕の性格がこうだからだ。故障するたびに僕は自分に繰り返す。『落ち着け、待て、急ぐな』って。でも目にミラネッロが入ってくると、駄目なんだ。もう我慢できない。1月に僕は小さな故障をして、それが深刻なものになってしまった。それは僕がCeltic戦を逃したくなくて復帰を急いだから。

Q:
チャンピョンズリーグのゴール王からクラブ世界カップのゴール王へ、これが貴方の更なる飛躍になるでしょうか?

Inzaghi:
僕たちグループに欠けているのはCoppa Intercontinentaleだけ。4年前Boca Juniors相手の試合で僕はコンディションが悪かった、だから後半少ししかプレイしていない。今はBocaが南アメリカのチャンピョンになることを、そしてイスタンブルでのリヴァプールへのと同じように、雪辱戦ができることを願っている。


Q:
チャンピョンズリーグとCoppa Intercontinentale、これが貴方の狩猟テリトリー。アンチェロッティが貴方に『量より質を狙っていけ』と言ったとしたら、あなたはそれを考えますか? 重要な試合(だけ)を目指しますか?

Inzaghi:
僕は重要な試合だけをプレイしたいのではない。僕にとってミランでの試合はすべてが特別なもの。もし調子がよければ、出場できるよう願ってる。もしちょっとおかしいところがあって、または年齢が原因で監督が反対(ベンチへ)を言ったとしても、全く問題は無い。


Q:
ミランとの目標は明確。ではナショナルチームとの欧州選手権も加えていいですか?

Inzaghi:
同じこと:もし僕のコンディションがよければ呼ばれるだろうし、僕は喜んで飛んでいく。コスタクルタのパーティでドナドーニに会ったんだけど、彼がいろいろ言ってくれたことが僕にはとても嬉しいものだった。Inno di Mameli(イタリア国歌)を聞くと、身震いがするんだ。


Q:
他のチームメイトにはそうではない。

Inzaghi:
それぞれの選択を僕は尊重する。


Q:
貴方はユーヴェで89、ミランで82ゴール決めています。しかしRossoneroのクラブでは、より深い協調が感じられる。それは私たちの単なる印象でしょうか?

Inzaghi:
ノー。ミランとの間には本当に何かスペシャルなものがある。これはベルルスコーニとガッリアーニのおかげ。敵として対戦していた頃、毎回彼らは僕にあちらのクラブへ来ないかと訊いてきた。ミランが強く僕の獲得を欲していることがわかった。彼らはそれに大金を(獲得に)払っている(80miliardi di lire)。そして僕が故障していたとき、彼らは僕との契約を更新した。


Q:
新しい契約更新の気配がしますが。貴方の契約は2009年に切れる・・・

Inzaghi:
ガッリアーニが言ってくれたことで僕が一番嬉しかったのはこれ:『君はちょっとマルディーニみたいなものだ。君が止める時を決めなさい。』 もし僕が決めていいなら、当然2009年には止めない。


Q:
Agostiniが43歳でチャンピョンズリーグ予備戦をSan Marinoで出場するのをご存知ですか?

Inzaghi:
僕はミランでキャリアを終えたい。あのマンチェスターやアテネの夜のような経験をしてしまうと、他の決勝は考えられない。Bodirogaが34歳で、カンピオーネとして締めくくりたいと引退したのを読んだ。僕にもそれが正しい方向だと思う。彼の年齢を読んだとき実はびっくりしたけどね:34歳、僕と同じ、で引退してる。

シモーネが割り込む。「心配するなよ、Vierchowodになれるよ。」 その選手は41歳で引退している。


Q:
いつか貴方にも訪れるそれに怯えていますか?

Inzaghi:
それが思い浮かぶと、すぐに頭から追い払うようにしてる。それに、僕は故障のせいで2年間を失った:その時間が取り戻せるよう祈っている。


Q:
国外へ行くというのは?

Inzaghi:
決して無い。どうやって両親を置いていけるというんだ、弟も、僕の甥も?僕にとってはトラウマになるだろう。Milano Marittimaという選択も、皆が一緒にいるためだったんだ。


実に、これが原因で彼は生涯最長のラブストーリー(3ヶ月)に終わりを告げている。
Pippo:(彼女はCaraibi(カリブ)に行きたがり、彼はミラノを)「彼女は決選投票に敗れた」


Q:
貴方の将来について、たとえ小さなものでも何かアイディアはお持ちですか?

Inzaghi:
カルチョの世界に残り、少年たちを監督したい。


Q:
若者といえば、新しいインザーギはすでに登場しているでしょうか?

Inzaghi:
甥トンマーゾは、今GKをしている。でも僕のマンマが、僕が子供の頃もGKをしていたと覚えていた・・・


Q:
トンマーゾはまぁ12年後あたり、その間に?

Inzaghi:
Pazzini、Pozzi、Caci'aが好きだね。そしてRossiも、パルマでよくやった:イタリア人だ、彼がSerieAに残ることを願ってる。僕はイタリア人のアッタッカンテが好きだ、だからミランの哲学と同意できるんだ。


Q:
インテルは頑強?

Inzaghi:
強い。フィジカルが強すぎる。


Q:
ユーヴェはすぐにスクデットを狙える?

Inzaghi:
これはメルカート獲得による。でもラニエリの選択は、その困難さを表している。


Q:
ローマはまだまだ美しいチームに?

Inzaghi:
そう思う。素晴らしいゲームプレイをする。


Q:
新発見となるチームは?

Inzaghi:
僕の友人であるGigi Cagni(監督)のエンポリがまた出てくることを願ってる。そして僕の弟が行くであろうチーム。先日ミニ試合でシモーネはオーバーヘッドの素晴らしいゴールを決めたんだ。あまりに状態がよさそうだから、思わずVia Turati(ミラン本部)へ電話して知らせたくなった。でもその後考え直した、彼は常にプレイできるチームへ行ったほうがいいって。それがラツィオであればいいんだけど。何故ならシモーネはチャンピョンズレベルの選手だから。パルマでもいい、僕たちはChirardiを知っている、彼は強い野心を持った人物だ。


Q:
今年のメルカートでアッタッカンテたちの大移動があるでしょうか?

Inzaghi:
僕は、皆がそれぞれの家(チーム)に残ると思う。


Q:
しかしミランは、せめて1人獲得しなければ。

Inzaghi:
僕たちのグループは、これ以上あまり変える必要は無い。


Q:
もしシェフチェンコが戻ったら?

Inzaghi:
もし戻るなら、僕たちは皆嬉しい。ミランで彼は多くのゴールを決めたんだから。


Q:
バロンドールのことを貴方は考えますか?

Inzaghi:
月並みな言い方をしたくはないけれど、僕のバロンドールはアテネで受賞したと思ってる。夢を実現したんだ。僕は、カルチョの世界で、他のあらゆるプロフェッショナルのように、強く望み続けていたものを最後には手に入れることができるということを示した。決して犠牲を払うなどと考えずに。アテネの2つのゴールのあとロッカールームで、僕の最初の思いはAnversa、それとベルギーの60日間の生活だった。ミランの信頼を肌に感じながら仕事を続けていた、しかし彼らが永遠に僕の復帰を待てるわけでもないことも知っていた。もし復帰できたとしても、チームにはヴィエリ、シェヴァ、ジラルディーノといった選手たちがいた。これは、僕の仕事への打ち込み方の勝利だ。この20年間カルチョで僕は絶対に手を抜いたことは無い。(この“手を抜かない”にはあらゆる意味があり。それは女性に対しても) 結局のところ、これが僕の(勝利の)秘訣なんだ。


Q:
で、バロンドールは?

Inzaghi:
カカ’かマルディーニに行くべきだ。


Q:
カルチョの選手に戻れると感じられたのはいつ?

Inzaghi:
Settimo Milaneseで、Primaveraとの試合Legnano戦で3ゴール決めたとき。


Q:
ピッポ・インザーギに戻れると感じられたのはいつ?

Inzaghi:
その次の週。パレルモ戦で、スタメンで出場して試合終了5分前にゴールしたとき。


Q:
貴方たち2人はもう一緒にプレイすることは無い?

Simone:
小さい時から一緒にプレイしてるし、ナショナルチームの、トリノでのイングランド戦で10分間やった。僕は今、とにかくプレイに戻りたいだけ。

Filippo:
(一緒にというのは)望みすぎ。僕も、今はシモーネのコンディションが良いということを願うのみ。



こうして、私たちはインザーギ・ファミリーへ別れを告げた。
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追記;
↑で取材した記者の一人Furio Fedele氏はローカルTVのレギュラーゲストで、毎度ミラニスタの熱くしかもちゃんとクールにミランを見つめた視点のコメントが好きなんだけど、先日インザーギの話でこんなことを。(インザーギファンには周知のことかも)
昔Leffe時代の監督Muttiがインザーギを語っていた:「稀に見る下手糞な選手だった。しかしピッチで、そこに6人のディフェンソーレがいたとしても、ボールに向かって真っ先に飛び込んでくるのがインザーギだった。」
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by celeste13zefiro | 2007-06-15 00:32 | MILAN
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