飢えと渇き
FORZA MILAN 6月号から、インザーギ記事をここに。
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飢えと渇き

インザーギはシーズンのほとんどを欠場していた。しかし彼はそのシーズンを、非常に重く決定的なゴールで開き、閉じたのだ。予備戦、準々決勝、そして特に決勝のDoppiettaで。彼の秘密は:強い繋がり、家族への意識、彼の飽くなき渇望・・・ボールへ、ミランへ、そしてゴールへの。

(記者:Luca Serafini)

私たちはアテネで夕食を共にした。それは火曜日、決勝前日のこと、私の妹BeatriceとStefano Zecchi教授を傍らに、向かいにはToro、インザーギの親友と、父上Giancarlo。繊維関係大会社(Zucchi-Bassetti)の販売監査を務めている、そして惚れている=もちろんマンマMarinaに、その上=二人の息子、フィリッポとシモーネに。私たちは、フィリッポの貪欲さを、常に彼を後押ししてきた彼自身の表現し様の無いエネルギー、彼の計り知れぬ力を語り合った。翌日試合でプレイするのかどうか、まだわかってはいなかった、しかし私たちはよくわかっていた。プレイする、そう予感がしていたのだ。Signor Giancarloはテーブルを囲む者たちの矢継ぎ早の質問に頷いていた。Zecchi教授はインザーギのミステリーに迫っていた。親愛なるZecchi、貴方の純粋で素朴なミランへの情熱はわかるが、だからといってどう答えられよう。「あの青年は、ドリブリングはたいして上手くない、ボールタッチも悪い、パスも駄目、それでEusebioと同じくゴールを決める。」と言われても。

私たちはそれをわかっている。彼(インザーギ)を愛する者はそれを知っている。決して諦めない男、テンションをポジティヴなパワーに変え、爆発するほどに高めることができる。もちろんそれは正しい形で。ナーヴァスにならず、見苦しいリアクションも無し。それはSignor Giancarloと夫人であるSignora Marinaが彼に教え込んだ価値観。家族の絆を大切にし、Magliaを愛し、Tifosiを、自らの仕事を愛す。何よりも大切なもの、愛。ピッポはゴールを愛し、ゴールがピッポを愛する:「ジラルディーノはよりクオリティを持っている」多くの者がそう言っていた。「より足の技術を持ち、コントロールが上手く、より品格がある」 幸い彼ら二人は友人だ、お互いにライバル意識は無く、その翌日(決勝)、ピルロのFKを肩で決めた最初のゴールに、真っ先に飛び出し喜びに弾けたのはジラルディーノだった。これがミランのやり方。
試合直後にインザーギの心からの言葉:「とんでもないことだ。決勝で2ゴールなんて、信じられない・・・ 僕はすでにチャンピョンズを獲得してる、でも、こんな、こんなふうな勝利は・・・これだけキャリアを積んできた僕に欠けていたもの、僕に、ミランにこんなことが起きてしまうなんて。きっと数日か数週間経ってから、やっと実感できるものだろうと思う。ラッキーだった、特に最初のゴールは。でもそんなことはどうでもいいじゃないか。あんなシーズンの後でチャンピョンズを勝利するなんて・・・6日間だけのヴァカンスで緊迫の予備戦へ突入、ペナルティ、あらゆる形で打ちのめされていた:しかしこのチームは、本物の男たちの集まり。素晴らしく結束している、賞賛に値するはずだ。」

今もまだ、あのアテネの夜を思うと、そこには2年間の困難が、イスタンブルのTribunaが浮かぶ。今もまだ、すぐに家族が思い浮かぶ、甥も含めて。更に思うのは:「大勢の人たち、友人たちが僕の傍にいてくれた。そして僕がSan Siroに復帰したときのあのスタンディング・オヴェーション・・・僕の周りに、信じられないほどの信頼を感じるんだ。」
試合終了直後の興奮冷めやらぬ中、彼はその最も美しい思いを心から捧げる:「どうしても誰かに捧げろというのなら、僕はこの勝利を、すでにこの世にいないジャーナリストのAlberto D'Aguannoへ。このCoppaをきっと喜んでくれたはずだ。」

そう、これがこの青年の違い。ボールよりもゴールを愛し、ピッチよりも大観衆の轟音を愛し、パスよりも、ダッシュスパートを、アドレナリンを、Alta Tensione(ハイテンション)を愛す。もしかしたらピッポは、高圧線か、発電所の傍で生まれたかもしれない。もしかしたら皆とふざけ笑うピッポは、気持ちよく目覚め気持ちよく眠りにつくピッポは、1人、2人、3人、いや1000人のピッポかもしれない。いや、なぜ「もしかしたら」って? ちがう、本当にそうなんだ。そういうこと。

彼はミスを犯した。彼の考えで決め、その代償を払った。更に残忍に、この上なく貪欲になって帰ってきた。それが33歳なんて。ピッポは、3、13、23歳、まだ見ぬ世界を求めて爆発する少年のまま、他にこのような男はいない。
彼は成功した。彼自身への賭けに勝った。ミランでの自分に対して。他の地や、他のリベンジではない、彼自身の、ミランでの彼の賭けに勝ったのだ。つまり、ロナウドやカラーゼのように、チェルシーやマドリッド、またはトリノでの自分に駆けるのではない:RossoneroのMagliaの自分への賭けなのだ。無法地帯で博打のようなこの世界では、この賭けは当然のもの。
私たちは、火曜の夕食時には彼がプレイするかどうかを知らなかった、しかし、黒オリーブやトマト、フェタチーズを前にした私たちにはよくわかっていた。主役は、きっとピアチェンツァの彼、ピッポ・インザーギであろうことを。

それまで、あのCoroはただの予行演習だった:
Oi oi oi, oio oi oi, Pippo Inzaghi segna per noi
普通のことだった、今はそれが素晴らしく普通のことになった。2007年の5月23日から、すべてが変わった。あの小さな応援歌は今や血管の流れの中を炸裂しながら走り、アドレナリン、Alta Tensione、戦慄は計り知れないレベルへ高まり続ける。
私たちは今、何を話しているのか、そしてピッポ・インザーギが一つの思いを決めたら何を考えるかがはっきりした。

賭けに勝った今、迷いは過ぎ去っていった。すべては完了、そしてもうすぐ完了される。最後の言葉、最後の誓い:「僕はこのMagliaでキャリアを終える。もうチームを変えることはない、もう出て行くことはない。ミランは僕の中に入り込んでしまった。僕の人生はここにある。」

永遠の(ミラニスタの)中に、ようこそ。

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インザーギパパの記事かと思って意気込んで読んでみたら・・・記者Serafini氏のべたべたなミラニスタ愛を語る・・・でしたね。
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by celeste13zefiro | 2007-06-22 20:37 | MILAN
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