ネスタ引退記者会見に関する記事
ネスタのナショナルチーム引退表明記者会見の翌日の新聞記事から、内容がQ&A式になっているので訳してご紹介。
オフィシャルの記事やTVに流れた一部の映像と照らし合わせて、それぞれの新聞の言葉の選び方にズレがあるので、できるだけ本人の発言内容に近づけるよう、今回は特別に各紙とTV映像をミックスで編集しました。(もちろん、記者会見全体像を観たわけではないのでこれもベストではないですが)
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Q:
ネスタ、どうぞお話ください。

NESTA;
ナショナルチームへはもう行かない。僕の冒険はここで終わる。とても残念だ、僕はこのMagliaを、(ナショナルチームの)環境を、そのすべてをいつもとても大切にしてきたから。イタリア(のナショナルチーム)でプレイするというのは、僕の人生で最も美しいことだった。でも、これ以上多くの試合に出場していくのは無理だというところにたどり着いてしまった。休む時間を作らなければならない。時々休むと、いい状態のプレイができることがわかったんだ。そうすれば、より長く(カルチャトーレを)続けることができると思う。
はっきりとしておきたいこと:僕はナショナルチームで常に非常に真剣に取り組んできた。シーズン終了後に僕が結婚するためにナショナルチームへ行かなかったと言われていたのも、それは全く違っていた。僕が(ナショナルチームへ)行かなかったのは、自分にとってはすでに終結した話だと見なしていたからであって、そうでなければもちろん結婚式を延ばした。

Q:
永遠に終わりですか?

NESTA;
どうだろう、もしかしていつか、3年か4年後に、僕のキャリアの最後の仕事として、もしワールドカップ出場の力があれば・・・。でも今の状態ではそう、終わりだ。自分のフィジカルに合わせなければ:僕は6度の手術を経験している、最後のワールドカップは故障したまま(イタリアは)優勝した、あんな形で。そして肩を壊した、もう体がぼろぼろだったんだ。いくつかトラブルを抱えながら復帰した、このことから、僕は重要な決断を下さなければならないと確信した。正しい方を選んだと考えている。

Q:
貴方のナショナルチームでの歴史は厳しいものでした:重要な時に常に何か障害が。

NESTA;
シーズンが終了すると、重要な国際大会が始まる。50試合をプレイした後では故障をしやすいものだ。60試合こなすことができる者は、心配無く進んでいける、が僕はそうではなかった。

Q:
貴方の引退は、監督との何かが関係していますか?

NESTA;
ノー。ドナドーニとは全く問題が無い。自分のキャリアでどの監督とも一緒に戦った選手たちとも一度も問題があったことは無い。僕は決断を下したとき誰よりも先に監督に知らせた。

Q:
貴方はオリンピコで行われたイタリア・ウクライナ戦でベンチだったことが不満のようですが。

NESTA;
あのときは、ベンチもあり得ることだ。僕は故障から復帰の途中だった。あれは問題ではない。

Q:
マルディーニはワールドカップ2002終了後に同じような発言をしていました。
貴方たちは話し合いましたか?

NESTA;
ヴァカンス中もマイアミで会った。でも彼は何もアドヴァイスをくれていない。この決定はすべて自分でのものだ。

Q:
考え直すように求めてきた者は?

NESTA;
Gigi Rivaと話した。イタリアサッカー協会の幹部たちとも。彼らには残ってくれと言われた、でも僕はもう決めた。

Q:
同じ年に、トッティとネスタがナショナルチームと別れを。

NESTA;
偶然だ。

Q:
トッティの引退との違いはありますか?

NESTA;
わからない・・・それぞれ自分の道を進んでいるんだ。トッティもフィジカルの問題だと言っていたことは読んだ。僕は彼がどう(コンディションを)感じているかわからない。状況は似ているかもしれない、でもわからないことだ。

Q:
トッティだけが、別れを告げたその日、彼がローマの人間であるために攻撃の対象になると語りました。もし北の人間だったらそこまで批判はされなかっただろうと。
貴方はローマ人で北でプレイしていますが、どう思われますか?

NESTA;
そのあたり僕はイタリアを離れていてほとんど何も読んでいないし状況がわかっていない。トッティが何を指しているのかわからない。しかし僕は北と南の違いは感じていない。

Q:
トッティはしかも「自分の優先するものはローマだ」とまで言いました。

NESTA;
僕にもミランが優先だ。何故なら、今までに誰もナショナルチームのためだけにはプレイしていない。しかし僕は、ミランとナショナルチームは同じレベルに置いている。それぞれが、僕に重要な試合をさせてくれ、勝利させてくれた。

Q:
1996年10月5日、Moldova-Italia 1-3、2006年10月11日、Georgia-Italia 1-3。
11年間に78試合出場、決算としては?

NESTA;
もっといい結果が出せた。すべての予選に出場して、とてもいい形で試合をしてきた、それを誰も覚えていない。でもそれでもいい:後悔は無い。気持ちは穏やかだ。
ここを借りて、ナショナルチームの全スタッフに感謝したい。今まで共にやってきたすべてのナショナルチームの選手たちへ。カンナヴァーロやザンブロッタ、ブッフォンとはUnder21からスタートしていて、とても美しい時期を一緒に過ごした。それからGigi Rivaへ、Abete会長へ、道具係や広報の、全員に・・・

Q:
最も残念だったのは?

NESTA;
最後のワールドカップ。いい形でスタートした、コンディションもよかった、でも腿の故障でストップを余儀なくされた。チームの仲間たちのために勝利を喜んでいた、でも決定的な試合でピッチに立てなかったことはとても苦しかった。何年も敗退してきて、恥ずかしい姿を見せたりもした。そして重要な結果を手に入れるそのときに・・・何もできない・・・。

Q:
ベルリンの大勝利は貴方のものではないと?

NESTA;
半分だけだ。

Q:
今ミランは喜んでいるでしょう。

NESTA;
そうは思わない。ミランは選手たちをナショナルチームへ送るのを喜んでいる。僕たちがワールドカップ優勝に貢献したことを誇りに持ってくれていた。

Q:
クラブは、ナショナルチームより何をより多く与えてくれるのでしょう?

NESTA;
大きな目標に向かうとき、毎回プレイできる。この5年間に3度のチャンピョンズリーグ決勝、そのうち2度優勝している。

Q:
ミランのドクターたちへ考えを尋ねましたか?

NESTA;
彼らは僕が100%回復したと言っていた。でも、実際どう感じているのか、そして将来はどうなっているのかを知るのは自分自身。僕は、マイアミでの3ヶ月の休養のあと、シーズンをとてもいい状態で終えることができたのを見たんだ。時々休めば事はいいほうへ運ぶ。

Q:
では、Addio Nazionale(さらばナショナルチーム)ですね。

NESTA;
そう。考えに考えた、続けることもできた。でも最終的には、今が決断を下す時だと思った。

Q:
イタリアは後継者を探さなければなりません。貴方のお好きなディフェンソーレは?

NESTA;
バルザッリ。彼にミランへ来なければとは言わない、でも僕にとってはグランデな選手だ。

Q:
貴方とトッティの引退試合というのは? たとえばオリンピコで。

NESTA;
ノーノー、何もやらない。



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by celeste13zefiro | 2007-08-03 02:19 | NESTA
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