E' ARRIVATO
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Sky Sportから、「I signori del gol」、インザーギスペシャル:

Q:
UEFAはMullerのCoppa delle Fiere7ゴールを省くことを決定。それについてどう思う?

Inzaghi:
初めは多少混乱していたけれど、事は結局はっきりした。もし僕が69ゴールしなければならないんだったら、それも挑戦した、もっと難しかっただろうけど。でもUEFAはCoppa delle Fiereのゴールを加えないと決め、僕に手を貸してくれた。

Q:
MullerはCoppa Intercontinentaleで76年にCruzeiro相手にゴールしている・・・

I:
僕もできるよう願っている。たとえFIFAのゴールは記録数に入らなくても。今年アテネ、モンテカルロと続いていた輪を美しい形で終えられたらいいんだけど。

Q:
選手としてのMullerを憶えている?君とは技術的に何の共通点があったんだろう?

I:
僕は覚えていない、皆がいろいろ話してくれたんだ。僕には彼を見るのはちょっと難しかったから。彼が僕について語ってくれたことを嬉しく思う、感謝している。彼の言葉を読んだんだけど、あれほどの人物からもらえるなんて、すごく光栄なものだ。彼はゴールエリアの男だったと聞いている。チームメイトの仕事を、クロスをうまく利用する選手だったと。これを聞いたとき、僕たちはどこか似ているとわかったんだ。

Q:
Tifosiとのフィーリングについて・・・

I:
どこのチームでプレイしているときも、いつも何かとても美しいものがお互いにあった。ミランではそれがスペシャルだ、最初の日から。僕が行った場所では必ずとても歓迎された、それは敵からも。ここミランでは、すぐに何かキラッとしたものを感じたんだ、何故なら人々は、(選手が)力のすべてを尽くすとそれをすぐにわかってくれる。そして、うまくいっても駄目でも、とにかくすべてを尽くしたことを誇りに思える。後悔は決してしない。

Q:
サインを断ったことがある?

I:
ノー。何故なら、僕だってTifosoだったんだから。僕が小さかった頃、ピアチェンツァを応援に行ってて、選手がサインを断ったらとても悲しかっただろう。僕たち選手にだって、駄目な日ってのはある、そういうときは家にいて外に出ないこと。でなければ、サインをくれとたくさん要求されるような場所へは行かないことだ。ファンとの関係は強く感じている。彼らが僕にエネルギーをくれ、糧にしている。幸いにして、ファンというのが存在してくれている。スタジアムが、子供たちが。

Q:
小さい頃、君の好きな選手は誰だった?

I:
僕はFioriniと一緒の写真を持っている。今は消えてしまっているけど、僕のお気に入りだった。それからCornacchini、De Vitis、Paolo Rossi、そしてVan Basten、彼らが僕の御手本でお気に入り。

Q:
ピッポ、君のプロフェッショナルとしての人生においてどんな目標を持った?

Inzaghi:
僕がミランへやってきたとき、このMagliaで何かを勝ち取りたいと願っていた。僕にとっては賭けだった。何故ならユーヴェでうまく行ってた僕は、あちらで大切にしてもらえていたし、4年間に90ゴールを決めた。難しい選択だった。僕はいつもミランの敵と見なされてきた。ミランを相手にたくさんゴールしてきた、それにもかかわらず、すでに28歳にもなっていた僕が受け入れてもらえ、活躍でき、話題の中心になっていくのは容易なことではなかった。僕はそれを賭けとして受け、それに勝利したと言えるんじゃないかな。マンチェスターやアテネの夜を思えば。アテネのそれは僕の人生最高の夜だった。まるで夢のようなもの、あのおかげで僕はその後10日も眠れない日が続いた。あの試合は、僕の努力がすべて報われた、というより報われすぎかもしれない、正直に言って。


Q:
すべての勝利の中で、アテネが一番美しいもの?

I:
ファイナルは、他とは違うものだ。2003年に僕はたくさんのゴールを決めた、年月が経つうちに、個人的なゴールの記録よりも、チームとしての勝利が大切なんだとわかってくる。でもチャンピョンズリーグ決勝で決定的な2ゴールなんて、いったい自分の体でなにが爆発してるんだかわからないほどになる。僕は悪い夢を見てた。何度も目を覚まして、『今のは全部夢だったんだ』と思うんだ。何故なら、僕が子供の頃から夢見ていたことだったから、チャンピョンズの決勝でゴールを決め、優勝するってことは。その夢が叶えられ、僕はこのチャンスをもらえたことを天に感謝している。

Q:
アテネの他に、決定的なゴールがあった?

I:
Tifosiは皆僕にアテネのゴールを感謝してくれる。でも不思議なことに、アテネの前には皆僕をAjax戦の3-2のゴールのために声かけてくれてたんだ。実際は僕のゴールじゃなかったんだけど。あのアクションが僕たちをマンチェスターへ導いてくれた。僕はループシュートをし、ボールがGKを超えたところでトマッソンが足を出した。試合終了間際、ロスタイムで。あれは記録の63ゴールに入ってない、でもあれで、皆が僕にありがとうと言ってくれるんだ。不思議だ。

Q:
いったいどうやって、君はこんなに決定力を持ってるんだ?そして敵を脅かせるんだ?

I:
憶えてるのは、僕の元監督であるGigi Cagniが言っていたこと。「他との違いは、そのプレイのテンポ」 僕は彼を尊敬している、彼が言ったことは的を射ていると思う。何故なら、テンポ(タイミング)、スピード、自然が僕に与えてくれた本能が、僕をボールが行く道に少し早く立たせてくれるんだ。時々、そのことに自分でもびっくりすることがある。起こることをその前に予想できるってことに。

Q:
Gigi Cagniは君に正しい動きを教えた監督の一人。年月と共に、君の何が成長したんだろう?

I:
Cangiは初めとても堅物だった。でも20歳の若者には必要だったんだろう。僕の前には大勢の僕より大きな選手たちがいた。彼らやCagniは僕にいろんなことをわからせてくれ、僕はそれを実行するよう努めた。適した食事、適した睡眠、それらはすべて、より大きな力になる。この指導をもらえたのがキャリアの初めで、もうすぐ35歳になる今も続けている。できるだけいいコンディションでいるよう気をつけている、僕のポジションには重要なことだから。それと、いつもパッションの塊りでいること。

Q:
Dribblingのことをどう思う?

I:
僕の特技ではない、他の者にまかせる。僕は皆がドリブリングした後のシチュエーションを利用していると思う。

Q:
決めてきたPKについて・・・

I:
あんまりたくさん無いんだ、だからこそゴール記録はさらに嬉しい。PKでのゴールがあまり数無いことは、ゴールを多く決めることの難しさをよりに感じさせる。PKは、僕がアタランタにいた頃に決めてて、ゴール王になったんだ。あの年は7つPKをシュートして1つミスした。Rigoristaとしてそう悪くなかった。それからユーヴェに行って、そこにはデル・ピエロがいた、素晴らしいRigoristaだ。ミランにはピルロやカカ’がいて、彼らが蹴るべき。

Q:
相対するのがもっとも厳しかったディフェンソーレは?

I:
僕は大勢のディフェンソーレと戦ってきた。憶えているのはマルディーニとコスタクルタとのバトル。彼らを超えるのはとても難しいから。それとネスタのも。今は彼とチームメイトだけど。今インテルのディフェンスを相手にするのはとても厳しい、彼らは皆フィジカルが頑強だから。マテラッツィ、コルドバ、サムエル、これらのディフェンソーレたちとは、自分のフィジカルがよくなければつらい。

Q:
ミランは君が成熟するのを助けてくれた?キャリアをここで締めたい?

I:
僕はミランに来たとき、フィジカルでは最高ではないものの、精神的には非常にいい状態の年齢だった。多くの問題も対処の仕方を知っている。ミランで起こったことはすべて皆の目に知られている、決して忘れることのできないもの。あれだけ様々な経験を共にしてきて、ミランでキャリアを終えるべきだと思っている。

Q:
ミランは年寄りで結果に満足し切ってしまっていると言う者もいる。これが現時点での批判の大半だけど・・・

I:
それへの答はピッチで出すべきだろうし、ミランは常にそうしてきたと思っている。去年も、今頃同じようなことを言われて、僕たちはチャンピョンズリーグ優勝、Supercoppa Europea獲得、その後は誰も何も言わなくなった。僕たちは勝ち続けなければならない、もちろんこの5年間に3度のチャンピョンズ決勝にたどり着いたチームであることを忘れずに。だからこのチームに対してのリスペクトが表されるべきだ。それに、ミランには若者もいる、だから僕たちばかりがプレイするのではない、ターンオーバーもある。経験豊富な選手と将来有望な若者たちのミックスのチーム。だからこれで僕たちは充分。

Q:
君の次の目標は・・・

I:
Intercontinentaleは目の前の目標。僕たちは2001年に4位から出発している、あれはとても困難なように感じられた。それなのにチャンピョンズリーグ優勝し、スクデットも獲得した。このグループに欠けているのはIntercontinentaleだけ、だから僕たちはすべてを尽くさなければ。アテネとモンテカルロに続く、一つの輪を美しく閉じるために。他のチームもいるんだ、ミランが常に勝ってばかりだとは限らない、でも出来る限りのことをする、そして帰国したら、カンピオナートのポイントを取り戻す努力をするんだ、これは僕たちがとても欲していること。

Q:
Punto di riferimento(御手本、憧れ、心の支えなどの存在)であることは重み?それとも喜び?

I:
喜び。多くの人々、子供たちに見られている。残念ながら常に完璧でいることはできない、戦闘があり、勝利を獲得しなければならない。成長してきたら、自分を見ている子供たちが大勢いることに気づき、彼らにポジティヴな手本を示していかなければならないとわかるんだ。

Q:
ベルルスコーニはアテネの後「君はミランのサンタクロースだ」と書いたそうだけど・・・

I:
とても嬉しい。会長との関係は特別なものなんだ。僕がミランにいるのはベルルスコーニとガッリアーニのおかげ、彼らが僕をクラブに望み、獲得の決断を下した。僕がここで歓迎されていることは感じていたし、何が何でも僕を欲しがっていたことを知っている。一つの決断を下すというのは、非常に難しい選択でもあり、でもまた一つの大きな確信でもある。彼らには感謝している、共に何か素晴らしいものを築き上げてきたから。

Q:
君が共にやってきた監督たちの順位は・・・

I:
順位をつけるのは正しいことではない。皆が僕に何かをくれた。もちろん、僕が特に強いつながりを持っているのはアンチェロッティ、何故なら彼とは長年やってきたから。多くの勝利を共に味わい、彼は素晴らしい人物だ。時にある選択を迫られ、それで僕が外されたら怒ることを知っている、でもリスペクトは常に保たれている。お互いにヒビが入ったことも、言葉が過ぎたことも決して無い。彼が勝利し、選手たちとの良い関係を持てていることは当然だ、何故なら彼はスペシャルな人だから。僕はCagniを忘れることができない。彼が解雇(Empoli)されたとき僕はすぐに電話をした、何故ならそれは彼になされるべき処置ではないと考えているから、それを知ってもらいたくて。チャンピョンズ決勝の後にも、朝9時に、電話がフリーになった途端僕は彼に電話した。前日に僕にとても嬉しい言葉を書いてくれていたから。それからMutti、僕をLeffeに望んでくれ、僕を育ててくれた。Serie BのVeronaに僕を連れて行ったくれた。それからアタランタ時代のMondonico、パルマのScala、素晴らしい人たち。全員と、僕はとてもいい関係を持てた。

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クラブ世界カップで優勝したらそのまま引退するだろうと噂されているマルディーニは、先ほど「それは決してない。僕はきっちりシーズンを終える。どのような結果になっても。」と。


チームの最初のトレーニングは、軽いものではなく実はかなりハードに行われる。何故なら、できるだけ体を使い、早く就寝させるため。
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by celeste13zefiro | 2007-12-06 20:08 | MILAN
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