俺たちのカピターノ
では、Forza Milan1月号から早速この記事ご紹介!
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Nostro Capitano
「俺たちのカピターノ」

2人のディフェンソーレがインタビュアーの立場に。通常通りではない、楽しい質問を。サンドロにとっては二度目の“ジャーナリスト”経験:先月号でダニエレ・ボネーラと共にピルロの記事に登場していた。

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6月にはサッカー生活をやめる。パオロ・マルディーニ、22年のキャリア、イタリアのカルチョだけではなく世界的にもおそらく最後のBandiera(旗の意・チームの象徴的存在)の一人ということになるのだろう。国内外で26のトロフィーを獲得、そしてついこの間のクラブ世界カップ獲得の数日後、陣営の仲間アレッサンドロ・ネスタとカハ・カラーゼの2人が彼に興味深い質問を。以下の通り・・・

NestaがMaldiniへ

Q:
Serie Aにデビューしたとき、どんな気持ちだった?

Maldini:
ピッチに上がる前の緊張を覚えてる。でもそれはサイドラインに入る数分前だけのこと。何故なら、僕はすでにAチームの中でやっていて、ミステルLiedholmはデビューの可能性を口にしてくれていたから。僕がピッチへ入る数分前に、なんと彼は僕にどの位置でプレイしたいかなんて訊いてきたんだ!僕のような若者がそれにどう答えられるっていうんだ・・・
「貴方のお望みのところで、ミステル」 僕はそう言った。すると彼は僕を左のラインに投入、そうやって始まったんだ。唯一の、かけがえの無い試合だった。この職業を望む者だったら、カルチョを愛する者だったら誰でもそう感じるだろう。ましてや15歳のヤツには・・・

Q:
じゃ、ナショナルチームでは?

M:
だいたい同じような興奮だった、もちろん、Maglia Azzurraを着るということは更に身震いがするのがノーマルなことだけど。僕のナショナルAチームデビューは早かった。僕は23歳で、すでにいろいろナショナルチーム経験を積んでいた:Giovanili、Militare、Under21、オリンピック。それらのすべては無論、僕に初めてMaglia Azzurraを着るということの気持ちを段階的に経験させてくれた。まさにそれがあったから、チームにはUnder21ですでに一緒にプレイしていた仲間たちがいた。

Q:
プロとしての初ゴールの後、家族は何と言っていた?

M:
特別には何も。というか、覚えてない・・・

Q:
時には、CoppaItaliaの決勝で俺たち(Lazio)相手に負けたのを思い出す?98年のあれ。(訳者注:確か、若きネスタがミラン相手にゴール決めたあの有名な試合ですよね?)

M:
うん・・・いや・・・なんていうか・・・。あの試合で思い出すのは、どんな風にゴール決められたかっていう(あの失点は僕の責任だった)こと。でも一番に考えるのは、あの試合をきっかけに監督やチームの大勢が入れ替えられたということだ。あれから、僕たちは再び勝てるチームになっていった。僕に思い返させるものはそれだな。もしかして・・・あの試合に勝っていたらどうなっていたかな、大きな修正は行われていなかったかもしれない、もしかしたら、現在皆に知られている(ミランの)様々な優勝が手に入れられてなかったかもしれない。運命だね・・・

Q:
こんなに成功を収めてて、いったいどうして、それでもまだやる気いっぱいで走ることができるんだ?

M:
走りたい気持ちってわけじゃない、何故って、その欲求は僕には無いから・・・(走るのは)あんまり好きじゃないんだ。何故それをやるか、それは僕がこのスポーツを、僕の仕事を愛しているから、だから苦労は問題ない。繰り返すけど、多くの勝利を得たことは、更なる闘志を与えてくれる。何故なら、物事がうまくいってるときはそのすべてが楽しくて、簡単なものなんだ。


KaladzeがMaldiniへ

Q:
長いこと、ミランのカピターノでいることへ感じるのは?

M:
ファンタスティックなもの。何か特別な思い、もちろんでも、時と共にほとんどそれが当たり前のことになっていくんだけど。素晴らしいのは、試合の瞬間そのもに関係していることはともかく、試合をしていないときにもチームの責任を持たなければならない、自分(カピターノ)がほとんどチームや仲間たちを導いていかなければならないこと。だからこそ、人生の一部分を更に美しいものとして過ごすことができる。すでに(カピタンであることが)信じられないものであるだけでなく。

Q:
若い頃、パパはどのくらいアドヴァイスをくれた?

M:
う~ん、いくつかはくれたけど。覚えてるのは、初めの頃に戦術について話してくれたこと、でも最も重要で有意義なアドヴァイスで僕の役に立ってその印象がずっと残っているのが、ピッチ外での振舞いについてのもの。いくつかの状況で何をやるべきかとか、人との対応の仕方、それらをわりとはっきり覚えている。それに、これらのことは毎日の生活の上でも役立つものだったから。

Q:
大きくなった今、将来の、カルチョの後のことを考えた?

M:
うん、この長いキャリアの終わりまであと6ヶ月足らず。はっきりとではないけど、考え始めたよ。というのも、決断を下すとき、それはその時に自分がやりたいことだけに繋がるものではないから。もちろん、自分一人で決定するものじゃない。おそらく、クラブの何かの役職じゃないかなと思ってる。プレイ(カルチャトーレ)を止めたときに、もっと具体的に考え始めるだろう。

Q:
この長い年月、掲げてきたすべてのカップのあと、今もまだ特別な感動が沸くもの?

M:
あぁ、いつだって美しい瞬間だよ。この間の、日本で獲得したものも。長いこと、あれを再び天に掲げたいと願っていた。それができて、僕はとっても幸せだった。いつでも感動的なものだ。それにね、わかるかな?僕は今までに様々なチームやジェネレーションを通して勝利してきたからでもある。フランコ(Baresi)やTassottiの時代をすごく若いときに過ごしたんだ。勝利し始めたのは早かった(若かった)けれど、決してそれに慣れるということが無かった。そしてちょうどいい地点で僕は成長できた、こうして今カピターノだ。実に、長く、満足のいくキャリアだった。これ以上望むことはできなかったよ。

Q:
初めてSan Siroへ入ったとき、初めてSan Siroでプレイしたときの感覚を覚えてる?

M:
間違ってなければ、最初に(San Siroに)入ったのは僕のパパと一緒だったと思う。僕に何かの試合を見せてくれるために・・・どの試合だったかは覚えてない!初めて試合したのは、Coppa Italiaだったはずだ。もうこのあたりも、記憶は定かでなくなってきてるし、感動もちょっと忘れてしまっている。はっきりしてるのは、その(San Siroの)壮大さ、あも魅力は今でもずっと、San Siroは僕に伝えてくれる。


以上。
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そして23年前にUdineでデビューして、今2008年の同じ日、1月20日に、Udineのピッチに立つのである。



・・・と思ったら、先ほど発表のUdine戦召集メンバーにマルディーニは入ってない。
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by celeste13zefiro | 2008-01-19 22:22 | MILAN
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