Stile Costacurta
ミラニスタのジャーナリストにLuca Serafiniという人がいるのですが、彼はMilan ChannelやForza Milanによく登場する、この間YOKOHAMAにもMediasetの記者として滞在、毎日TVのニュースでレポートを届けていたので、もしかしたら見た(インタビューされた)ファンもいるかも。

Forza Milan1月号を見ていたら、彼のコスタクルタとの友情関係を語っている記事が。

ちょっとおもしろいのでご紹介。

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・・・僕とアレッサンドロは80年代から90年代に移り変わる頃に知り合った=と、Serafiniは語る=その頃僕はSorrisi & Canzoni(イタリアで最も知られるTV雑誌)で働いていて、すでにこの月刊誌(Forza Milan)ともコラボレーションしていた。しばしばミランの遠征に同行していたけれど、実際に付き合いの発端となったのは、音楽のおかげ・・・



Q:
この友情は、BGMと共に生まれた・・・

Serafini:
Burt Bacharach、正確に言うと。彼はこのグランデなミュージシャンを一度も聴いたことがなかったんだ。しばらくして、彼のコンサートがあって、彼と彼の最初の夫人Florianaと一緒に聴きに行ったんだ。彼女は、僕たちの友情が深まるのにはとても重要な存在だった、何故なら彼はかなり相手を選ぶタイプだから。僕はおかげで「数少ない選ばれた者たち」の中に入ることができた。

Q:
君たちの友人関係を固めたものは何?

S:
もちろん、共通の趣味。彼は、ボールを離れたところでの引き出しを本当にたくさん持っている。カルチョのレベルでは当然のこと、彼は非常にエキスパートだ:世界中のかなりのクラブ、選手を把握している、コンピューターだよ。それに、彼は本を愛し、アメリカのスポーツを愛し、何よりも映画を愛している。僕たちが一緒に観た映画だけじゃ全然数にならない。

Q:
BillyとMartinaの話に入ろうか。結婚に至るまで年月を必要とするんだけど、君は彼らのストーリーの始まりに証人となったんだよね・・・

S:
彼とFlorianaは正月の後別れた。それからしばらくして、ミラノのVia Sottocomoにあるレストランに一緒に食事に出かけたんだ。マルティーナはその住所に住んでいた、母親と一緒だったんだけど、アレッサンドロは彼女の魅力に完全にイカレていたんだ。で、僕は彼らの初めての「プライベートな」出会いに同席していて、それがまた彼らの初めてのカップルでの登場となったんだ、Ibiza(コスタクルタ所有のレストラン)で。彼女とも、一瞬にしてフィーリングを感じた。オープンな性格で明るく、典型のロマニョーラ(Romagna地方の人間のこと)。彼女のファミリーも素晴らしいんだよ。

Q:
その愛のストーリーも、苦悩の時があった。それをどう覚えてる?

S:
2002年の夏、アレッサンドロにとっては非常に厳しいときだった、それも僕は、あのドラマティックな日々を直接見てきた。ミランは当初、期限の切れた彼の契約を更新しなかった。僕は彼を連れミラネッロへ行き、洋服ダンスを空にした。空気はとても重かったよ。彼の口からはたった一言も発せられず。行きも、帰りも。それと同時期に、マルティーナも彼を離れていった。そこで彼は、すべてを変えてしまおうと決めたんだ。新しい経験を生きていこうと。ニューヨークでプレイすることになっていた、しかも彼はそこへ実際に行き、ディ・カプリオが引っ越していった後のアパートメントも下見している。

Q:
ところが?

S:
ところが、アメリカには行かなかった。彼はForte dei Marmiへ行き、あまり納得はしないながらもボローニャやパルマからのオファーを検討していた。で、僕のところへVittorio Mentana、ミランの広報責任者の彼から電話があったんだ。彼らはチェコにいた、チームはSlovan Liberecに勝利し、チャンピョンズリーグ決勝リーグ出場権を得たばかり。彼は僕がアレッサンドロの居所を知ってるかと尋ねてきた、何故なら、ガッリアーニが告知したのだと:決勝リーグ通過の褒美としてコスタクルタがチームに帰ってくる。その時ロッカールーム(選手たち)は大きな拍手で返したと。

Q:
そこで君は電話番号を、と思うけど、すぐ相手に教えた・・・

S:
ノー。僕が彼に直接電話したんだ。
「今、君は座ってるかい?」 って言った。
「何故?」
「何故って、君はミランに戻ってくるんだよ!」
暗黒のときは終わった。しばらくしてからマルティーナともまた、よりを戻していた。

Q:
どのように事が起こったんだ?

S:
Eros Ramazzotti(イタリアで最も愛されている歌手の一人)のコンサート。彼は、マルティーナがその日会場の全く反対側にいるのを知っていたんだ。コンサートが進み、あるときひとつの歌が始まった。もちろんこれは彼らのストーリーにとても大切なもので、彼はそこでまるで映画のようなシーンを見せた。一人で、大勢の観客の押し合いへし合いする中を彼女のところまでたどり着き、周りの皆が見ている前で彼女にキッスしたんだ。これと同じことはまたマンチェスターでも繰り返された。ユヴェントゥスとの決勝の後、皆がピッチのほうで歓喜に大騒ぎになっているとき。
彼はチームメイトたちから「ものすごく憎まれた」んだ。何故なら、他の選手の嫁たちは、自分の夫(恋人)からそうしてもらえなかったからとかなりむくれていたらしい。
(訳者注:知ってると思うけど、マンチェスター勝利の瞬間、コスタクルタが速攻で客席のマルティーナのもとへ走り、彼女にキッスしたのであった)

Q:
最後に、めでたく結婚・・・君はその人生最も重要な日の証人に・・・

S:
彼に頼まれたんだ。他のカルチョ界外の友人たちと選択を迷っていたし。無論僕には非常に光栄なことで、ありがたく務めさせてもらった。結婚式の直前に、僕は急に恐ろしく不安になってしまったよ、あの気持ちはどう説明していいかわからない。

Q:
君たちの友情はプロフェッショナルな関係に影響した?君が彼を批判するようなことになったり、Pagelleで不合格にしたらコスタクルタはどう対応してきた?

S:
ノー。問題は一度も起きなかった。それにアレッサンドロは批判される部分が非常に少ないから。攻撃するのが難しい存在だ、何故なら彼はミスしたときは、TokyoでVelez相手に実際にあったように、彼自身が真っ先に認めるから。「僕は最悪のプレイをした」と。
完璧に誠実な男。お互いに、必要な場合にはその状況が厳しくても言うべきことははっきり言うタイプ。喧嘩することもある、そして、アーメン。そこで終わる。

(ちょっと中略)

Q:
去年6月にコスタクルタは、ミランのテクニカルスタッフ入りするため、カルチャトーレとしての長い生活を閉じた。この輝かしいキャリアの伝記作者として君は理想的な存在じゃないか・・・

S:
ミランのこの20年について共に書くには完璧なパーソナリティだ。話は出たんだけど、彼は全くその気が無い。表向きには、彼は過去の細かい出来事をほとんど覚えていないと言う、しかし実のところ、彼は「元」選手としても、ロッカールームのことは絶対に語らないだろう。たとえ過去となってしまったことでも。
これが、コスタクルタ・スタイル。


以上。
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by celeste13zefiro | 2008-01-23 00:06 | MILAN
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