Numeri di SUPERPIPPO
SUPERPIPPO本から、実はこれが一番簡単だから最初に訳そうかと思っていたの。
インザーギにまつわる“数字”いろいろ。

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9
生まれた日(1973年8月9日)、そして彼のユニフォームナンバー。
Milan Channelの皆にとって、彼はもちろんSuperpippoであるだけでなく、9番のカンピオーネ!!!

181
(cm)-74(kg) 身長と体重。

44
シューズのサイズ。ごるをもたらすその足のサイズは44。

5
人生で最も大切なものたち。マンマ・マリーナ、パパ・ジャンカルロ、弟シモーネ、甥トンマーゾ、そして・・・“ごる”!以上の5つ。

7
今まで所属してきたクラブ。Leffe、Piacenza、Parma、Atalanta、Verona、Juventus、MILAN!

13
獲得してきたトロフィー数。
ユヴェントゥスと共に1Scudetto(1997-1998)、1Coppa di Lega(1997)、1Coppa Intertoto(1999)
ミランと共に1Scudetto(2003-2004)、2Champions League(2002-2003・2006-2007)、2Supercpoppa europea(2003・2007)、1Supercoppa di Lega(2004)、1Coppa Italia(2002-2003)、1Mondiale per Club
イタリア・ナショナルチームと共に2006年ワールドカップ優勝、Under21欧州選手権優勝(1994)

278(2008年3月この本発売時現在)
キャリアで決めてきたゴール数。

3
出場したワールドカップの数。
1998フランス、2002日韓、2006ドイツ。
欧州選手権1回:2000ベルギー・オランダ
また、ミランと共にデルビーでインテル相手に決めたゴール数も3。
2001年10月21日Inter-Milan 2-4
2003年4月12日Inter-Milan 0-1
2003年10月5日Inter-Milan 1-3

28
Maglia Azzurraで決めてきたゴール数。Under21で3、Nazionaleで25。
この記録で彼の上を行くのはLuigi Riva(35)、Giuseppe Meazza(33)、Silvio Piola(30)、Roberto Baggio(27)、Alessandro Del Piero(27)のみ、そのうちデル・ピエロだけが現役。ということで、インザーギは現役でゴール記録は2位。

6
カンピオナートで、ミラン相手に決めてきたゴール数。
ユーヴェで5、アタランタで1(1996年11月)。それはしかし、後に大いに(Milan Tifosiに)許されるのである!!!

91
ユヴェントゥスのMagliaで決めてきたゴール数。インザーギは是非ともミランでこの記録を抜き去りたいと望んでいる。(2008年4月現在、すでに抜いている)

46゜
RossoneroのMagliaを着て初めて決めたゴールは、初登場してから46分後。インザーギはミラン・フィオレンティーナ(5-2)戦の3点目を決める(2001年9月9日)

89
ミランのMagliaで決めてきたゴール数。
Serie Aで44、チャンピョンズリーグで29、Coppa UEFAで4、Coppa Italiaで9、Supercoppa europeaで1、クラブ世界カップで2。
(2008年4月30日現在で98)

4
ミランのMagliaを着て決めたゴール数で、アンドリー・シェフチェンコの記録にたどり着くまでの数。

0,43
彼のMilanでのゴール確率。インザーギはMilanのMagliaで156,4分に1ゴールの割合で決めている。(2008年4月現在、この率は上がってるはず)

63
彼が97試合出場で決めてきた欧州カップでのゴール数。インザーギはヨーロッパにおいて史上最多数。Il Migliore!Pippo, come te nessuno mai!
他の記録はAltobelli(39)、Altafini(36)、Vialli(35)・・・

46
チャンピョンズリーグで決めてきたゴール数。
イタリア人選手として最多。

6
インザーギが今までに少なくとも1ゴールは決めてきた欧州コンペティションの数。欧州の中でファイナルで決めたゴールは7:1999年Intertoto、Juve-Rennes 2-0、2007年Champions League、Milan-Liverpool 2-1Doppietta、2007年Supercoppa Europea、Milan-Siviglia 3-1Doppietta、2007年クラブ世界カップBoca Juniors-Milan 2-4Doppietta

200
ミランのMagliaと共に出場した試合数。200試合目は、12月1日、San Siroの対Juventus戦。そしてその数はまだ増え続けている。

1
Serie AでCapocannoniere(ゴール王)となった数。アタランタ時代、33試合出場24ゴール(1996-1997)。ピッポは対戦した18チーム中16チームを相手にゴール(救われたのはパルマ、ウディネーゼのみ)、この記録はMichel Platini(1983-1984)に並ぶ(ただしその頃は16チーム)

29
Serie A初ゴールを決めた日。1995年10月29日のこと。ピッポはその頃パルマのユニフォームを着ていた。そしてそのユニで彼は欧州にて2ゴール決めている:Coppa UEFA。

18゜, 28゜, 90゜
Serie Aで初めてTriplettaを決めたその時間。ベルガモで、Atalanta-Sampdoria戦4-0。

33゜, 55゜, 62゜
Milanで初めてTriplettaを決めた時間。対Deportivo la Coruna、これにより欧州にてイタリア人選手最多ゴール記録となる。

59゜, 64゜, 70゜
ナショナルチームで初めてTriplettaを決めた時間。San Siroにて、Italia-Galles 4-0、2003年9月6日。Euro2004予選リーグ。

30
ピッポにとってシーズン最多にゴールを決めたときの数。2002-2003。
30ゴール目はCoppa Italia決勝でローマにて。

11
ドイツのチーム相手に決めてきたゴール数。
ドイツにて:
2000-2001Amburgo-Juve3gol
2002-2003Bayern-Milan2gol; Borussia-Milan1gol
2006-2007Bayern-Milan1gol
イタリアにて:
2001-2002Milan-Borussia1gol
2002-2003Milan-Bayern1gol
2005-2006Milan-Bayern2gol

23
2005年10月のその日、2年間ものフィジカルトラブルを経てゴールが戻ってきた。インザーギは2004年3月7日以来決めていなかった。そのMilan-Palermo(2-1)で、インザーギはゴール、そしてアンチェロッティのもとへ走りAbbraccio。その後彼の素晴らしい時期が再びスタート。その時から彼は34ゴール決めている。

210
2006年夏、アドリアーノ・ガッリアーニがチームの全員に、チャンピョンズリーグ予備戦出場のためヴァカンスの急遽終了を伝えた瞬間から、ピッポがミラネッロに到着するまでの時間(分)。当然だが、一番である。

4
ピッポがMilanのMagliaでチャンピョンズリーグ予備戦に決めたゴール数。Slovan Liberec、Stella Rossaを相手に決定的なゴール。それらは2年間の素晴らしいシーズンの皮切りとなる、マンチェスターとアテネで締められたそれらの。

17,335
アテネでインザーギが着たMagliaの、チャリティオークションの額(Euro)。

100
ミランにおける最低限の目標。決めるよ、ピッポ、君は決める!
(2008年4月30日現在98)

10.716
Rottofreno、彼の生まれたPiacenzaのSan Nicolo'のその町の住民数。
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記録にはかなり執着するインザーギだけど、実はこの本の筆者Milan ChannelのSuma氏も、記録などの記憶力は抜群なことで評判な人物。ローカルTVでもよく「あいつと記憶力で勝負したら駄目だよ、ぶっ潰されるから」と司会者が叫んでいるほど。そういう点でも、Suma氏はインザーギに共感するところが多々あるのではないかと思った、この項であった。

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追記:
これはインザーギじゃないんだけど、ピルロファンのBlogの情報で、Milan Channelのピルロ特集映像を堪能した。(Grazie!)
30分近くの映像に、彼が小さい頃からの数々のプレイシーン、に加えて彼を語る人たちの言葉・・・特にパパLuigiのコメントが秀逸であった。

「必要とされたら、彼はいつもそこにいる。これを彼はチームの中で見せている。」
「大事なのはバロンドールを獲ることではない。カルチョをガラリと変えること、一つの新しい方向を作り出すこと。彼は数少なく、カルチョの形を変えたカルチャトーレ、彼の足で、彼のプレイで。」
「私はいつも息子に教えていた。落ち着いていけと。『あんまり新聞など見ないで、自分がやっていることだけを見ていけ、常に上達することだけ考えろ』と。それを、今こうして目にしている。彼はひとつのスタイルを、それはもちろん監督のおかげでもチーム全体の力でもあるが、彼がチームにあるスタイルを与えた。これは意味の深い、唯一のもの。」

「(息子がまだGiovanileのとき?)ある試合で、その時の対戦相手の、監督は誰だったか思い出せないのだが、彼がチームのMFに指示していた。(相手のピルロを)激しく止めろ、少々酷いプレイになってもいいからと。そうするとその選手が答えていた。『彼はあまりにもブラボーです。酷いタックルなんて出来ない』 観客席にいた私たちにその声が聞こえたのだ。」
敵さえもリスペクトさせる息子の力に嬉しそうな父ルイジ。

この映像ではまたガットゥーゾも語ってるんだけど:
「オレがあいつに対戦してた頃は、すげぇ荒いのをぼこぼこやらせてもらった。なんでって、そうでなかったらあいつを止められる方法が無かったんだから(と微笑む)」
「すべての勝利は一緒に勝ち取ってきた。アンドレアと長く一緒にプレイできているのは幸運だと思っている。」

マルディーニも:
「人はよく、ピッチの上の姿やインタビュー映像などからだけで判断する。選手によっては仮面をかぶることもある、それは性格にもよるけれど、彼は内気なように見えるけれど、実はとてもスピリッツに溢れて楽しい男、頑張り屋。(サッカーを)簡単にやれてしまう力を持っているから一瞬、100%でプレイしてないように見えるけれど、実は彼はすべての力を出している。」


リッピは:
「彼の良さはその静けさにある。いつも落ち着いて試合に向かう。彼の洞察力は素晴らしく、チームメイトたちは皆彼を頼りにし、何かあると彼に訊きにいく。ある意味でのリーダーだ。私は、世界の数々の優秀監督たちと出逢ってきたが、彼らは皆、ピルロに魅了され彼のような選手を自らのチームにほしがっていた。彼がいれば、試合の60%は解決されたようなものだ。」
「ピルロはカカ’がミランと共に勝ち取ってきたものをすべて獲得した。その上に彼は、ワールドカップチャンピョンでもあるのだから・・・(バロンドールに相応しいと)」


パパLuigiはまた、息子が自分に似て、一つの大きな目標に達成したらすぐ次に新しい目標を立てるという生き方であることも語っている。


私のネット環境のため、何回も繰り返して言葉をチェックできないので、この程度しか取り上げられない(↑の言葉は多少意訳)けど、非常に楽しい映像でありました。


SUPERPIPPOの本でも、Suma氏が書いていた。
「ミランの最も応援パワーの激しい“ざ・父ちゃんず”は、ピッポ父ちゃんGiancarloと、Gianfranco Gilardino、そしてLuigi Pirloの3人組。試合のたびに1列目に構え、息子たちの勇姿をその目に焼き付けようと。」


自慢の息子を語る父ちゃんたちの姿は素敵だ。


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もうすぐ(出産予定はあと20日ほど)父ちゃんになるカカ’、どうやら息子の名前を決定したよう。
「LUCA」

誕生する息子へのプレゼントは、「もしDerbyがうまくいったら、そのDVDを」と。
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by celeste13zefiro | 2008-05-01 18:00 | MILAN
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